kai

Jul 21
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変わるチャンスがあったのは敗戦なんです。1952年にサンフランシスコ講和条約が締結されるまで、文部省仮検定教科書っていうのがあった。これはGHQの肝いりで作られたものなんだけど、GHQは日本人の弱点を見抜いていて、日本人に初めて「モノを考えさせよう」としたんです。たとえば現在の国語にあたる分野には、『言語』と『文学』という二つの教科書があり、『言語』では今で言うメディアリテラシー教育をしていました。
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